「わかる」と「できるようになる」は全く違う

「わかる」と「できるようになる」は全く違う



【に】煮こごり・・・から発展した今日のお話です。

それは、「わかる」と「できるようになる」は全く違う・・・というお話^^;

「そんなこと、わかってる。」と、知識としてはわきまえていることを、果たして私は実行できているか?というと、「わかってるけど、できてない。」こと・・・いっぱいあります。

以前、インプットについて記しましたが、書籍やインターネットで仕入れた情報は頭の中に順次蓄積されていて、
「これは使える!」「これは真似してみよう!」と、為(ため)になりそうな知識は既に山積みされている状況なのに、そのうち実践できているものの割合は、とっても低いのです+_+

けれど一方、自分が経験して掴んだコツみたいなものは、わかってる上に、実行し、生活に役立っています。

例えば、昨晩は、コストコで買ってきた丸焼き鶏の骨でスープをとってスープパスタにしたのですけれど、昨夜のうちに鍋を洗うことをせず、一夜そのまま置いておきました。
すると、今朝は残っていた水分が煮こごりのように固まり、それを小さなポリ袋にするっと入れて捨てることができました。(微々たる努力ですが^^;、下水を汚すことを避けられました。)
これは、長年の台所仕事で培った「鶏ガラだしはコラーゲンたっぷりで固まるよ」という知識の応用です^^

私達が貯えた知識は大半が大脳皮質に蓄積されますが、それを、「能力」として使う回路を作るためには「行為」を伴う必要があります。つまりアウトプットで、
自ら会得したコツには、はなから「行為」がセットされています。

ノウハウ本を何冊読んでも、啓発本を何冊読んでも、リアルの私に変化が起きないのは、アウトプットが行われていない(能力として活用されていない)ためです。

「脳の活性化」のために本を読みましょう!という呼びかけを目にすることがありますが、脳科学的に考えると、大脳皮質のみに刺激を与える読書よりも、むしろ、脳と繋がり、脳から派生した器官である手足や体を動かしてあげる「行為」の方が、ずっと有効だとされています。
(今では認知症のリハビリにも、運動療法が取り入れられていますよね。)


能で描かれる「小野小町」が、かつて美女・才女と呼ばれていた自分が老女となり、
「また故事になりゆく身のせめて今はまた、初めの老いぞ恋しき」
と述懐する場面があります。

人は皆、次々と新しい【老いの段階】に直面していく。
その【老いの段階】を重ねた今から振り返ると、初めて【老い】を経験した頃が懐かしい。
といった意味です。

ただ、この【老いの段階】のリズムは一定ではなく、不連続なものです。
同じ実年齢でも、若さに違いが出てくるのはそのためです。

本来生体システムには、自己維持のための補償機構が幾重にも備えらえています。
このシステムの自己維持の仕組みを、できるだけ損なわず、「今の状態」を長らえることが大切で、
そのためには、こちらのブログでも繰り返しお伝えしていることですが、私達の体を構成している個々の細胞に過不足なくエネルギーを届け、体を動かし、アウトプットを心がけることが必要です。

特に、小野小町さん言うところの【初めての老いを経験した頃】でいらっしゃる私と同世代の皆様、これから押し寄せてくる第二の【老いの波】までのインターバルを長~~く保つよう、一緒に備えていきましょうね(`・ω・´)



・・・たくましく成長しました♪

10月初旬に、我が家へ立ち寄った後、遠路、次女のお婿さんの実家にもらわれていった保護猫ノビル(三女命名)

↓こーんなオチビで、歩くのもフラフラしてたのに(ミルクを飲んだ後でお腹がポンポコリン^^)


今では、高い柿の木に登れるほど成長したとのこと・・・
元気に育ってくれて、本当に嬉しい(T_T)
来年、温かくなったら会いに行こうと思います。




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