力のある言葉〈おまえは、すでにちょっとよくなっている〉

力のある言葉〈おまえは、すでにちょっとよくなっている〉






7月18日




今日の昼食。


冷蔵庫の残り物で鷹の爪入りのトマトソースパスタと、ジャガイモ・卵・トマト・胡瓜・ケールのサラダ。




財布の小銭を釣銭で全部使い切った時と、残った食材をきれいに消費して献立を立てられた時の達成感には中毒性がある。笑









いわゆる成長期には、自分がワンアップした♡と思える機会がたくさんあった。



だんだんと九九の上の段を言えるようになったり、
ピアノの教本がバイエルからツェルニーに替わったり、
50m走のタイムが縮まったり・・・・



大人になってからも、
40代くらいまでは「まだまだ自分は成長している」「よくなっている」と感じられることが、結構な頻度であった。



その後も、
会社勤めをしている間は、たまに、業務上の処理能力に関して、「右上がり」を自覚できる機会があったりした。



けれど、仕事をリタイヤして、
60代後半を迎えた今は、自分が「よくなっている」と思える頻度はぐぐぐっと落ちた。
・・・というか、ほぼない💦



逆に、体力がなくなったり、目がショボショボしたり^^;、勘違いや物忘れが増えたり・・・と、
「悪くなっている」と実感することがジワジワ増えてきた。



「これは、年相応の変化なのだ!」と自分に言い聞かせはするけれど、
やっぱり、ショボン・・・としてしまう(´・ω・`)



だから、昨日、糸井重里さんのコラムに、〈おまえは、すでにちょっとよくなっている〉という言葉を見つけて、え?!と嬉しくなった♡



美容室で髪をカットされているときには、じぶんではただ座っているだけでなにもしてないのに、なにかを成し遂げたという充実感があるということ。
髪が整えられて、ぼくは「ちょっとよくなってる」のだ。
ぼく自身は、鏡の前に座っているだけだったけれど、「ちょっとよくなる」ための時間を過ごしていたのだ。

お風呂の場合は、バスタブにつかって「は〜」とかね、しみじみしているだけで、入浴という用事ができている。
なにもしていないかのようだけど、やることはできている。
ぼくは、ここでも「ちょっとよくなる」ための時間を、ごしているのだから、あとはもうなにをするのも自由だ。





確かに、美容院へ行く前の私と行った後の私、
お風呂に入る前の私とお風呂に入ったあとの私を比べると、
後の私はたしかに「ちょっとよくなっている」^^;



私より10歳年上の糸井重里さんによると、
「散歩」も、ちゃんと前に進んでいる・・・ということで、「ちょっとよくなっている」のだそうだ。笑




そんな風に考えると、私は今も、日々、「ちょっとよくなっている」のだなぁ・・・と、嬉しくなった。


ときたま出会う活力剤みたいな言葉は、
少し陰って見えていた世界を、ぐーんと明るくしてくれる。
正の力を持つ言葉が好きだ。




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