「片思い」のかたち。
人でも、犬でも猫でも、とかげでも、小鳥でも、
「後ろ姿」をいいなぁと思えたら、
それは好きだっていうことだと思います。「後ろ姿」を見ている視線というのは、
相手からの返事を要求しないものであります。
好きだから、そういう視線を送っているのです。それは、もしかしたら、
糸井重里著『ボールのようなことば。』より
ものすごく幸せな「片思い」のかたちかもしれません。
でも、たがいを前にして、
やりとりして思いを深めていく「思い」よりも、
深さはないけれど、どこまでも続く海岸線のような、
広々とした「片思い」って、すばらしくないですか。
昨夜から、PCやiPhone に残っている母が映った動画を、繰り返し見ています。
「しゃべってるなぁ・・」、「動いてるなぁ・・」と思いながら。笑
お通夜のお斎は身内だけでしたので、
長女のお婿さんと三女カップルが、シャンパン、ビール、大量のお好み焼き^^;を買ってきてくれて、母の傍にも、小さなお皿とグラスを置きました。
じっと寝ているだけで、食べようとしない母に、孫2nd.(母にとってはひ孫です)が、
「なんでママは食べないの? なんでずっと寝てるの?」
と話しかけていました。
眠っているだけの母でしたけれど、長年見慣れていた酸素チューブを外し、苦しそうな呼吸も咳も聞こえない母の寝顔は、平和で、ずっと見ていたいと思いました。
「後ろ姿」を見ている視線というのは、
相手からの返事を要求しないものであります。
好きだから、そういう視線を送っているのです。それは、もしかしたら、
ものすごく幸せな「片思い」のかたちかもしれません。
眠っている母を見ていた時間も、
動画に残る母の姿を眺める時間も、
ものすごく幸せな「片思い」のかたちなのでしょうね^^
今回の葬儀で、皆が驚いたことがあって、
気付かなかった私たちもどうかとは思うのですが💦、
母は、父が亡くなった時、自分の戒名も付けていただいていたらしいのです。
お仏壇に置かれた位牌には、金色で彫られた父の戒名の横に、
赤色で彫られた母の戒名が並んでいました。(←いくつもの位牌が並んでいたこともあって、この色違いの位牌が父と母の物だと、だれも気付いていませんでした💦 四十九日までに母の戒名を金色で上塗りすることで、長年の時を経て、ようやく、父と母の夫婦位牌が完成します。)
先に逝った父の傍らに、自分の名前を刻んだ母の気持ちも、
キュンっとなるほど、素敵な「片思い」のかたちだなぁ・・と思います♪
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