ゴミの一粒。

ゴミの一粒。






昨日は成人の日でした。
夕方のテレビニュースで、金髪で羽のような衣装をまとった若者が、
「オミクロンのことがあるんで、一緒に住んでるじーちゃんにうつすとやばいんで、今日はこのまま家に帰ります。」
とインタビューに答える様子が放送されました。

羽目を外して思いっきり楽しみたいであろう人生一度きりのハレ日を、
彼は、パンデミックと重ねて記憶してしまうのだなぁ・・と、切なくなりました。


この先の道のりより、歩いてきた道のりの方がはるかに長い私たち世代でさえも、
生き難さにとまどう今を、
経験の浅い若者たちが、どうか希望を失わずに生き抜いてくれますように!


昨夜、久しぶりに、私の心の糧である養老孟司さんの著書を再読しました。(実際は、再再再再再再読くらいです💦)


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自分は変わる。それも大人が教えなくてはいけないことであろう。

変わる前の自分にとって、世の中が真っ暗であることはありうる。
しかし自分が変われば、その同じ世の中が明るく見える。

いつも世の中が暗く見えているなら、それは自分が固定し、進歩していないというだけのことである。

希望は自分が変わることにあるので、世の中が変わることにあるのではない。

世の中に比較すれば、自分個人なんてゴミの一粒である。
それなら世の中が変わるより、その世の中を「見ている自分」が変わるほうが、よほど大きな変化をもたらすということは、わかりきっているではないか。

「将来も、希望も、外の世界ではなく、自分のなかにしかない。」
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未曽有の震災を経験し、パンデミックの渦中で成人となった若者たちが、
自分を取り巻く窮屈な外界に絶望することなく、
ゴミ一粒の底力で、自分の内側にある希望に気づき育てる術を習得してくれる幸運を祈り、

ダー子さん(長澤まさみちゃん演じる伝説のコンフィデンスマンです♪)からの祝辞を贈ります。

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『素直とは疑うこと』

目に見えるものが真実とは限らない。
何が本当で何が嘘か。

大人が言う子供はいいよな、は、大人はいいぞーなのではないか。
成人式で暴れるダメな若者を、実はみな心待ちにしていないか。

日本は世界に遅れをとるばかりと声高に識者はさけぶが、一つのゴールがない世界に遅れなどあるのか。
私たちの周りに”真実”は溢れかえっている。
存分に疑おう。
ネガティブに思われがちだが、疑ってみることからはじめて世界は面白き方向に広がっていく。

何より自分に正直に生きることは楽しく心が満ちる。
素直な大人になろう。
誰かが言うことに染まるのは素直ではない。
自分の心を覗き、世界を斜めに笑顔で疑うことこそが素直なのだ。

新成人おめでとう。   ダー子
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そう。
養老先生、ダー子さんともに、
希望の鍵は「自分」にあるということ・・

未来への合言葉は「自分の心を覗こう!」です^^




・・・天まで届け!

画像は、生まれて初めて凧あげをする孫たちの様子です。
共有アルバムに長女がアップしてくれました。

大きな凧を引っ張って走る孫2nd.と、追っかける従妹とお姉ちゃん。


凧あげは、願いごとを「天まで届ける」という意味があり、
江戸時代後期から縁起の良いお正月遊びとなったそうです。




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