寂しい。

1月9日
明日は母の3年目の命日。
1年目は一周忌、2年目は三回忌と、それぞれ法要の準備をしたり、娘家族が前日から泊っていたりで、気忙しく過ぎていったけれど、
今年は法事もなく、初めて、私達夫婦二人で迎える命日になる。
そして、今日は、3年前、最後に生前の母と過ごした日。
まさか最後になるとは思わず、「またね。」と別れて、
翌日、緊急搬送の知らせを受け、かけつけたけれど間に合わなかった。
朝から何度も、3年前の今日を反芻している。
コナンの新作映画で、亡くなった田中敦子さんから役を引き継ぐことになった沢城みゆきさんが、「思い出すことはあまりありません。忘れる日がないからです。」とコメントされていて胸が詰まった、どんなに離れていても、会えなくても、人と人は一緒に生きられるのだということ、そういう種類の愛と追悼
Xのフィードに流れてきたポスト。
両親のことも、弟のことも、友人のことも、
忘れる日がないから、思い出すことはない。
でも、普段は、「ずっと一緒」だと思えているのに、
命日が近づくと、「いない寂しさ」が蘇ってつらくなる。
失ったものへの悲しみを 心のままに涙ながしてよいのですつて。
昨日ブログに引用した詩の一節が滲みる(T_T)
MANAFARMから届いた野菜の中に、今回も可愛いビーツがあった。

ビーツは、亡き友人から美味しいレシピを教えてもらった特別な野菜。
箱から取り出して、
「ほら、〇〇ちゃん、ビーツがあったよ♪」と、心の中で会話した。
今夜は、ビーツを食べて、少し元気になろう。お仏壇にも供えよう。
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