瞬間と老後
1月30日
昨夜は、西オーストラリア産のワインの試飲会に出席した。
近くの席に座られた私と同年配の女性のお名前が、とても綺麗な響きで、
「美しいお名前ですね。どういう漢字を書かれるのですか?」
と尋ねたら、
そのお名前をご両親様が付けられた際の命名秘話も、加えて教えて下さった。
彼女の誕生を望み、喜び、慈しまれたご両親様のご様子が目に浮かぶと同時に、
ご両親様に抱かれた赤ちゃんだった彼女が、
彼女の人生を、日々歩んで、今、ここに、こうして、優しい笑顔で座っていらっしゃるのだなぁ・・と、
何十年という年月が、ギュっと縮まって過ぎたような不思議な感覚がした。
今この瞬間はもう二度と帰ってこないっていう、
当たり前のことを実感するのが
「俳句の目で毎日を見る」っていうことなんです。
~~~夏井いつき先生と糸井重里さんの対談より抜粋した夏井先生の言葉~~~
若い頃には脳裏になかった「今この瞬間はもう二度と帰ってこないっていう、当たり前のこと」を、この頃ようやく実感できるようになった。
オギャ~と生まれた瞬間から私達は、
二度と帰ってこない瞬間を繋げて、今ここにいる。
カーナビの「途中立ち寄りカ所」のマークのように、
楔(くさび)を打たずに進み続ける瞬間は、記憶の彼方に消え去ってしまうけれど、
ちゃんと楔が打たれた瞬間は、
何年経っても、何度でも、ホログラムみたいに、懐かしい断片を見せてくれる。
「どういう老後を送りたい?」という問いに対する私の答えは、
「できるだけ沢山の楔を打つ老後でありたい。」だ。
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