親子から子親へ
先週末から発熱し、今も面会ができない状態の母なのですが、
昨日主治医から、
発熱の原因は、尿路感染症からくるもので、抗生剤の投与で落ち着いてきていると電話があり、ほっとしました。
その後、夕方と夜に二回、母から電話がありました。
体調がよくなったことで、電話をかける元気が出たのだと思います♪
「今日は、満月で皆既月食なんだよ。」
と伝えると、
「雪の日に、蝋燭を持って、お月様を見たら綺麗よね。」
と言うので、
「蝋燭を持って、お月様を見たことがあるの?」
と聞くと、
「それはないけど、綺麗よね。 そこに折り紙でいろんな飾りをつくって、木につるすと、もっと綺麗よね。」
「クリスマスツリーみたいに?」
「クリスマスにはまだ早いでしょう。」
と、話が噛み合っているような、いないような会話でしたけれど(笑)、
母の頭の中に見えているらしい綺麗な景色を、私も想像しながら、久しぶりのおしゃべりを楽しみました。
「もういりません!って言っても、看護師さんが、もう少し食べましょう。って、スプーンでお粥を食べさせようとするのよ。」
と、不服ももらしていて^^;、怒る元気が出てきたことも嬉しかったです。
「看護師さんは、少しでも元気になって欲しいと思って、そうして下さってるんだから、頑張って食べなきゃね。」
と答えると、
「そうねぇ。わかった。」
と、子供みたいに言っていました。
以前、山田ズーニーさんが、「子親」という概念について記していらっしゃいました。
子どものころ、
親がいなければ生きられないほど、
依存しきった関係から、子どもはいつか自立し、
月日は流れ、
いつしか親は老い、
子が親を守るようになる。保護者のような目で、自分の親を見ている、
この関係をなんと呼べばいいのだろう。この関係に私は、まだまだ慣れない。
だけど、親も、最初の子が生まれた時、
親経験ゼロ歳から、徐々に慣らし、
子どもと一緒に成長していくという。「私も、この、親との新たな関係、
新たな責任感を、生きていこう。」じっくり、じっくり、
親と一緒に成長しながら。
人生の最終点に近づくと、親子の関係は逆転し、「子親」の関係になる・・・とズーニーさんが表現した境地が、私にも訪れたように思います。
母とは生涯分かり合えることはないだろうと覚悟していましたが、
でも、
親子の関係ではうまくいかなくても、
子親の関係だと、グググっと距離が縮まる気がして、
本当に、生きてくってことは、良いことも、悪いことも、想定外のことだらけだけど、
「だんだんと美しくなる人生」でありたい・・と願う気持ちがある限り、
流れは、その方向を目指してくれるのだと信じています。
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