同じ自分だけど

同じ自分だけど





2月21日




昨日は、夕焼け空の情報に三日月が出ていた。






浄土真宗僧侶の本田武彦さんが、「地球儀」をお題に、

ああこんな 閉じ込められた世界の上に 幾十億の思いが回る


という短歌を投稿していらした。


夕陽や月を見ていると、
自分は今、丸い地球の上に立っていて、
その丸い地球の中で、戦争も含めて、いろんなことが起きてるんだなぁ・・・と思う。
宇宙からしたら、地球自体も含めて、自分たちは、びっくりするくらいちっぽけな存在で、
「いがみあってる場合じゃないよ」ってことを思い出せる。




「未来への不安と過去への後悔で、いつも頭がいっぱいなんです。どうしたらいいですか?」と訴える青年に、
村の長(だったかな?ちょっとうろ覚えなのですが💦)が、
ギリギリ一杯に水を入れたコップを持たせて、
「このコップを持って、一滴の水もこぼさぬように、村の端から端まで往復してみなさい。」
と告げ、
なんとか無事に、水をこぼさず戻ってきた青年に、
「コップを運んでいる間、未来への不安や過去への後悔は頭に浮かびましたか?」
と尋ねたところ、
青年は、
「水をこぼさないように・・・っていうこと以外、何も考えられませんでした。」
と答えた・・・という逸話を読んだことがある。

「今ここに集中する」ことで、
ずっと頭を支配していははずの、未来への不安や過去への後悔は消える。



要するに、心に何を映すかってことなんだろう。
「世の中」を考える時、何を心に映しているのか。
「生きる」ことに向き合う時、何を心に映しているのか。



「同じ」自分なのに、
全てが違って見える。



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