やり残し

4月9日
今日の食卓の花は、アルストロメリアパール。
可憐で可愛くて大好きな花。
私はウエディングドレスを着たことがないから(挙式は白無垢で行った)、
もしウエディングドレスを着たなら、この花のブーケを持ちたかった。

できるだけ、やりたいことをやり残さずにいたいとか、
できるだけ、色んなことを知りたいと思っても、
長くても100年ほどの生涯だと、
やり残しや、知らないこと、の方が圧倒的に多いことは承知している。
母は、亡くなる前の月まで、
「毎晩のように、夢にパパが出てきて、もうそろそろこっちへ来ないか・・・って言うんだけど、いえいえ、私はもう少しこちらにいますよ。まだやり残してることがあるから、って断ってる。」
と言っていた。
そして、私の三女(母にとっては三番目の孫娘)の結婚が決まり、
三女が婚約者を連れて母を見舞った数日後に旅立った。
文字通り、目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた三人の孫娘全員が人生の伴侶を得たことに安心したのだと思う。
やり残しや、知らないことが山積みのままだったとしても、
それとは別に、「もうこれで十分満足だ」と思える生涯を送れたら、
それは幸せな人生だ。
日本の昔のひとのつくった詩 歌を読むと
「桜」という花を 単純に「好きだ」ということはなく
むしろ「悔しい」とか「悲しい」「切ない」
という気持ちで 表現しています
「桜の花」は美しいけれど あまりに短い時間で散ってゆく
そのことに「胸を痛める」歌ばかりなのです先生は これが「愛する」ということばの
ほんとうの意味ではないかと思います桜の花は 咲いて散るまで わずか数週間
けれど 私たちのいのちだって やはり
限りあるものです日本人が 桜の花からもらったものは
そんないのちの いま生きている時間の
かけがえのなさ 愛おしさ
だったのではないでしょうか
~~~一倉宏・作『国語の先生がしてくれた「桜」の話』より~~~
無限に広がり続けるように思える世界の中で、
「よく生きる」ってことは、
あれもこれも・・・と欲張るのじゃなく、
「これで十分満足」だと思える大切なものにだけ、有限な命の時間を注ぎきるってことなんだろう。
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