すり替わり詐欺

10月1日
10月がスタートした。
昨夕、9月最後の夕空は、しーんと澄んでいた。

↓10月初日の昼食は温蕎麦。

基本、日本蕎麦は冷たいものが好きなのだけど、
午前中気温が下がって、温かな麺類を食べたくなった。
揚げ天と白ネギと梅干をのっけて食べた。
副菜は蒸しタマネギに、鰹節とネギとポン酢とゴマ油をかけたもの。
レンチンで簡単なので、何かもう一品・・・という時のお助けメニュー^^;

高倉大希さんのnoteに、小川哲さんの著書『屁理屈と哲学』の一節が引用されていた。
SNSによって誰もが自分の情報を発信する時代において、「いかにして幸福を掴むか」という問いは、「いかにして幸福だと思われるか」という問いに簡単にすり替わる。
私も、ブログやインスタを通して情報発信している者の一人として、
この「すり替わり」詐欺が、いとも簡単に、自分自身をもだましてしまう危険性のあることを知っている。
「幸せだと感じる」ことと「幸せそうに見える」ことは、
全く別のことで、
全く関連性がないのだ・・・ってことを、幸か不幸か、嫌と言うほど思い知った過去が、
今の私の警告灯になってくれている。
日々が瞬く間に過ぎると感じ始めたのは、いつ頃だっただろう。
少なくとも、20代後半までは人生が長いと思えた。
30代で少しスピードがあがったかなと思った。10年があっという間になったからだ。
そして40代でヤバいと思い、50代になると、死に向かうエスカレーターにいつの間にか乗っていました的スピード感。
こうやって老いはどんどん進んで行く。
多くを理解し、経験を積んで多少は賢くなり、人との付き合い方もようやく理解したその時にはもう、終わりが見えるのだった。
教訓に満ちていて辛くなってきた。
人生とはこんなにもあっけないのか。しらんかった〜。‘~~~村井理子さん「ある翻訳家の取り憑かれた日常」より~~~
50代の理子さんでさえ、嘆いていらっしゃるように、
人生の後半、
せっかく経験を積んで、ちょっとは賢くなり、人付き合いもうまく行き始めて、
お楽しみはこれからだ♪と、思えたころには、終わりが見え始める💦
だから、「すり替わり」詐欺に引っ掛かって、余計な寄り道をしている暇は、今の私にはない。
ふわふわとした実体のない夢物語に左右されることなく、
ローギアでしっかり足元固めて、
自分基準の幸せに忠実に、今日を踏みしめて行くのだ。
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