手習い

4月17日
今日は昼食に筍とアサリの玄米混ぜ寿司を作った。
作った・・・と言っても、実は、昨日の夕食に筍とアサリの玄米炊き込みご飯を作り、
その残りに寿司酢を混ぜただけ^^;
でも、一夜置いて少し硬めになったご飯に寿司酢を混ぜてつくる酢飯(特に、蒸し寿司風な温かな酢飯)が好きなので、こちらが完成形だとも言える^^

サイドメニューは、小松菜とシラスのキンピラと、
佃煮入り卵焼き。


この地に越して来て、3年が過ぎた。
母の介護をしながら同居するつもりの引っ越しだったのに、
引っ越し準備のさなかに母が急逝したことで、
夫と二人、馴染みのない土地で暮らすことになって、
ポカーンと開いた穴を埋めたい気持ちもあり、
昔からの憧れだったフラと俳句を習い始め、
同じく昔からの目標だったボランティア活動を始め、
昨年からはシャンソンのレッスンも始めた。
「六十の手習い」という言葉があるけれど、
私の場合は65歳、そして67歳でのスタートだ。
先日夫から、
「あれもこれもって手を出して大丈夫かな?と思ったけど、ちゃんと続いてるね。」
と言われた。
そういえば、何かに飽きて放り出す・・・みたいなことがなくなった。
目移りっていう感覚も。
20歳くらいの頃、父親に「私は何も継続できないダメ人間」みたいな愚痴を言ったら、 たっぷり考えた後に「生きてる年数が短いんじゃない?」って言われたの、いまだに思い出してたまに死ぬほど笑ってる それはそう
Xのフィードに流れてきたRIEさんというかたのポストを読んで、
あ、そういうことかも・・・と合点がいった。
今の私は、このポストの逆をいってる・・・というか、
自分の中で、
「どれだけ続けられたとしても最長20年間」というリミットが見えているから、
せっかく縁あって学び始めたことや、携わるようになったことを、手放さずにいたい・・・という覚悟みたいな気持ちがあるのだと思う。
幼少の頃から始めてプロを目指す・・・とか、
いつか仕事につながるように精進するとかいったような、
大それた目標は持てない代わりに、
今持てる自分の可能性を形にしていく楽しみがある。
前途洋々、どこまで続くか果ての見えない大海原のようだった人生行路は、
気付いたら、遠くかすかにゴールが見える一本道に変っていた。
それもまた楽し・・だ♪
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