見えない、知らない思い

見えない、知らない思い





3月6日



昨日の夕焼け空。
横長な雲が、もう少しで龍の形になりそうで、しばらく眺めていたけど、
結局、龍にはならないままに日が暮れた^^;




今日は朝から雨で、
火災報知器の点検作業もあったので、
終日在宅。



仏壇の白百合が賑やかに咲いてくれて、白百合を観賞しつつ^^、
酒粕溶いた甘酒で3時のおやつにした。






以前、「ほぼ日」にアップされていた山田ズーニーさんのエッセイが、再投稿されていた。


「きょう1日、誰からも、なんの、優しさ1つも、もらえなかった」という日も、実はそうじゃなかったんじゃないか? ただカタチにならなかっただけで、あなたに伝わらなかっただけで、「未遂の温もり」はきょうもどこかにあったんじゃないか?


学校の先生は、「もしか、こういうことがわからない生徒もいるかも」と授業では使わないかもしれない資料を準備する。1人でるか、でないか、の生徒のために、1時間、2時間とかけて。

雪が降った都心の通勤路では、「もしかして、だれかが滑ってケガをしてはいけない」と早朝から街の有志がなれない雪かきをしてくれている。


授業では、全員よく理解ができたので、もしかわからない生徒のための特別解説は出番がなくなり、


雪で路面凍結を恐れた会社が、出社は午後でいい、または、テレワークに切り替えてだれも雪かきした道を通ることがなかったとしても、


「もしかの想いは、確かにこの世に存在する」


見えないだけで、あなたが知らないだけで、
きょうもあなたを守っている

と私は思う。



なんて温かな文章なのだろう。
そこに気付けるなんて、なんて優しい人なのだろう。

ズーニーさんに教えてもらえなかったら、私はきっと、生涯、「見えない、知らない もしかの想い」の存在に気付けずにいただろう。


今は知ってるから、
一人で家ごもりしていても、
日本中、世界中にあるはずの「見えない、知らない もしかの想い」に、
思いを馳せることができる。
思いを馳せるだけで、温かく優しい気持ちになれる。


それは、人として、ワンアップできた(T▽T)と思うくらいありがたいことだ。



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