皆で

6月30日
昨夕、昼寝から起きた夫を誘ってウォーキングがてら散歩した。
いつも通らない道を歩いて、新しいお店を発見したり、抜け道を発見したりしながら。
だんだん茜色になっていく空が綺麗だった。

今日は母の誕生日。
もし生きていたら92歳。
母が好きだった薄皮饅頭と、先日母のお友達が届けて下さった自家製の梅シロップのジュースを供えた。

生前は、母の誕生日プレゼントを選ぶことが楽しみだった。
母はすごくわかりやすい人なので^^;、母好みの派手な色合いの夏用ストールを贈った時には、「嬉しい!」とその場で身に付けてくれた。
けれど、私とお揃いの財布を贈った時には(私が渋好みなので💦地味なデザインのお財布を選んでしまって💦)、「使うのもったいないから、取っとくね。」と片付けてしまって、「あぁ、気に入らなかったんだなぁ・・・」と、誤ったチョイスを反省した。
その財布は、形見分けで孫娘(私の長女)が選び、使ってくれている。
晩年は、モノより旅行がいい・・・と言われ、旅行をプレゼントした。
酸素ボンベの携帯が必要でなかった頃は、(膝を痛め杖はついていたけれど)少し遠距離まで出かけることもあった。
熊本県天草市にある温泉宿に泊まった際は、
急な仕事で夫が同行できなくなり、代わりに私の次女と三人の女旅になった。
途中昼食に立ち寄った海鮮食堂で、私と次女が海鮮丼を頼んだら、母は、「あなたたちは本当に少食ね。私はそれだけじゃお腹一杯にならないから。」とエビフライを一皿追加して完食した。笑
宿に着き、ひと風呂浴びたあと、海に沈む夕日を眺めながら食べた夕食の席で、
「きれいね。皆も一緒なら良かったのにね。」と言った。
母の言う「皆」は私たち夫婦と私たちの娘3人、弟たち夫婦と弟たちの娘3人、を合わせた(母も含めて)11人だ。(当時はまだ、ひ孫は生まれていなかったから^^;)

結局、母の生前、「皆」が一堂に会する機会はなかった。
「皆」がそろったのは、母の葬儀の斎場だった。
そんなことを、今朝、お仏壇の前で思い出して、
「もう皆で集まれないじゃん。もうどこにも行けないじゃん。」と文句言いつつまた泣いてしまった。
いつまでも泣いていいし、いつまでも寂しいと思っていいのだ・・・と、精神科の先生に太鼓判を押していただいてから、すごく楽になった。
夫も、「あれ、また泣いてるの?」と慣れっこになった^^;
いつも笑顔でいられる毎日なんてあるわけないよ、と思う。
笑顔の時も、泣いてる時も、どっちもある。
どっちの自分も必要。
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