変わってなかった

今回の旅行で気づきがありました。
米国がイランを攻撃したことで、中東地域での航行リスクや地政学的リスクが高まったことから、
イランからトルコを挟んだ隣に位置するギリシャには、おそらくアメリカ人の観光客は少ないのじゃないかと思っていました。
でも、実際には、アテネにもミロス島にも、アメリカ人の観光客は多くて、
(私のかつてのアメリカ人に対するイメージのまま、)道であえば、おおらなか笑顔で挨拶をしてくれて、
時には、お節介に思えるほど^^;親切な気遣いを示してくれました。
ミロス島初日に、駐車場から延々と炎天下の道を歩いて行かねば行き着けない白い岩の海辺に向かう際には、
大きな日よけ帽とサングラスとアームカバーをして歩く私に、
海の方角から戻ってきた私より少し年長の女性が、「グッドラック!」と、笑顔で声をかけてくれました。(水着姿のまま歩く若者が圧倒的に多かったので、場違いなほど💦完全防備な私を気遣って、励ましてくれたのだと思います。


長く続く石の階段を下りて古代の墓地を目指していた際には、
ペッタンコのサンダル履きの私に、
お墓の見学を終えて階段を上ってきたご夫妻のご主人が、
「そのサンダルじゃ厳しいよ。スニーカー持ってないの?履き替えたほうがいいよ。」と、進言して下さって、奥様も「膝を痛めるわよ。」と心配して下さいました^^;
あいにく、替えのフットウエアの持ち合わせはなかったので、お礼だけ言って、サンダルのまま見学したのですが、結果、足は大丈夫でしたが、サンダルの留め部分が千切れました💦

少し乱暴な表現になりますが💦、
やっぱ、アメリカ人優しいよなぁ・・・変わってないよなぁ・・・と、改めて思いました。
このところの米国の動向から、
私の中の米国に対するイメージが塗り替えられていたけれど、
組織全体の「在り方」と、組織を構成する一人一人の「在り方」は別物なのだと、
当たり前のことに、気づけました。
人の心理として、
その国に、ただ一人でも、自分が心許し、大切だと感じる誰かがいたなら、
その国を攻撃しようなんて思いもしないことでしょう。
国境や政治の壁を越え、顔の見える関係を築く民間レベルの交流は、相互理解を深め、対立や紛争を未然に防ぐための最も強力な抑止力です。
草の根の信頼関係は、いかなる外交よりも強固な平和の基盤となります。
本当にその通りだと感じます。
今、Xでも、ポストが自動的に翻訳されて、いろいろな国の人たちと気軽に言葉を交わせるようになりましたよね。
「未知のもの」には感情移入しづらいけれど、「一度知ってしまえば」相手の体温や痛みを感じとれる。
そう思います。
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